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【職人対談vol.5 サッカー職人の山根選手 三問三答】

様々なジャンルの職人に無意味な質問から専門的な質問をたった3つする対談です。中途半端に職人のリアルを追求していきます。

第5回目は、サッカー職人の山根選手。
山根選手は、大学時代、ユニバーシアード日本代表で10番をつけていたプレイヤーでもあります。

それでは、質問スタート!

Q1 この選手は別格だ!と思った選手はいますか?

●山根:小野伸二選手です。高校時代に小野選手のチームと対戦した事があります。5-1で勝利する事が出来ました。小野選手は、自チームが大量失点しているにも関わらず、「ディフェンダーが頑張っているんだから、オフェンスも頑張って応えよう!」とチームメイトを鼓舞していました。大量失点をしているにも関わらず、ディフェンダーを責めない姿勢に心を打たれました。

○吉田:小野選手の素晴らしさは、技術だけではないんですね。

Q2 山根選手は中学時代、ドリブラーという印象がありましたが、いつからか、その印象が失われた気がします。実際にプレイスタイルの変化はありましたか?

●山根:高校までは、ドリブラーという印象があったかもしれません。
高校1年:シンプルなプレイ
高校2年:人を使うプレイ
高校3年:自由に(ドリブル)

3年になって、少し自由にプレイさせてもらったという感じでしたね。大学になってからプレイスタイルはガラッと変わりました。スタイルを変えなければ生き残れなかったです。ドリブルが活きるのは要所要所でしかないので・・。

中学時代、スピードに自信がありましたが、高校に入ったら自分のスピードは”普通”でした。ハイレベルな中で、どうしたら生き残れるのかを常に考えていました。

○吉田:山根選手が普通ですか・・。あまり考えたくない集団ですね(笑)
正直なところ、山根選手のドリブルに魅力を感じていましたので、その特徴が失われたのはショックでした。

中学校の頃、夜中のグランドで、僕の練習に山根選手が付き合ってくれましたね。僕のサッカーは趣味の域ですが、今でもサッカーをしたとき、ディフェンダーに対して背を向けず、真正面からドリブルを挑みます。このスタイルは、山根選手がモデルになっています。あの頃の”努力”は、随分と楽しかったのを覚えています^^教える、教わるとかではない、なにかがありました。最近の努力は、眉間にしわを寄せながらの努力が多いですが(笑)
”人の努力に付き合ってくれる”山根選手は、今でも僕のモデルです。

話がそれましたが、山根選手のプレイスタイルの変化の理由がわかりました。

Q3 夢はありますか?

山根:現在、所属しているチームを強くしたい気持ちありますが、”夢”と聞かれるとぼやけていますね(笑)

吉田:山根選手が次の大きな夢に立ち向かえるよう、陰ながら応援させて頂きます。本日はありがとうございました。

〜対談者山根選手紹介〜
市立船橋高校2年の時、選手権全国優勝。2001年ユニバーシアード日本代表時、中心選手として優勝⇒浦和レッズ⇒佐川急便SC⇒VONDS市原所属

〜質問者吉田紹介〜
プロボクサー、トレーナー、フィットネスクラブ設置型データ管理システム”からだステーション”開発者。トレーナー向けキュレーションサイトディレクター。梅干し大好き。

ブルーオーシャンは、山根選手やサッカー選手のトレーニングを全力でサポートさせて頂きます!

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