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吉田 勇気

吉田 勇気

YUKI YOSHIDA

継続しかチカラになりません!

ちょっと素顔

  • 好きな食べ物梅干し、チャーハン、寿司、焼肉
  • 趣味映画鑑賞、家族旅行
  • 座右の銘幸福とは快適という事ではない

資格

健康運動指導士健康運動実践指導者JATI-ATI全米スポーツ医学協会 パフォーマンスエンハンスメントスペシャリストNESTA ゴルフコンディショニングスペシャリスト健康管理士上級心理カウンセラーファイナンシャルプランナー

取得歴(未更新)

プロボクシングライセンスLes Mills BODYCOMBAT 本認定インストラクター
実績
  • 1997年 プロボクサーデビュー
  • 豊田通商株式会社開発 コンサル型健康管理サービス「からだステーション」主要開発員
  • Yahoo!スポーツナビDO様 コラム執筆
  • LAVA International様 研修講師
  • YouTubeアスリート対談TV「TAMORI CHALLENGE」MC
  • JFA様主催「夢先生」講師
  • 株式会社そごう・西武 千葉そごう店様「森崎嘉之×YUKIトークショー」
  • 株式会社朝日新聞社様主催 ハウジングプラザ「市東重明×YUKIトークショー」
  • 2024年 ジャパンスタートアップセレクション 千葉市代表選出
  • 2024年・2026年 千葉市C-BID採択
これまでのストーリー

千葉市に生まれる。

小学6年、テレビ放映されていた辰吉丈一郎選手に憧れ、プロボクサーになるとクラスメイト全員に公言する。

中学時代、サッカー部では補欠。練習に来ない選手が試合に出ている現実に悔しさを持つ。

高校入学と共に小学生で公言していたプロボクサーを目指すべくボクシングジムに通う。
同時に中学サッカー部での悔しさを糧に15歳にしてサッカーチームを設立。

設立する際、多方面に相談をするが多くの大人に冷ややかな対応をされる。タウンページでサッカーと記載ある電話番号に片っ端からかけまくり、当時Jリーグ審判をしていた方にたどり着き、ただひとりその方の協力を得て設立を果たす。

この時大人の酸っぱさと頑張れば協力者ができる事を知る。

週刊少年ジャンプ「ろくでなしブルース」の原田に憧れ、高校在学中でのプロテストを目指す。
同時期、ガチンコファイトクラブというプロボクサーを目指すTV番組が流行。

高校3年でプロテストを申し込むが、流行の影響でプロテストが半年待ちに。
その為、高校卒業した2か月後にプロデビューをすることに。

零細商社でサラリーマンをし、プロボクシングとアマチュアサッカークラブの運営を行う。

20代前期、17歳で患った腰痛の悪化や減量に耐えられずプロボクシングを引退。
攻撃的なスタイルにも関わらずアゴが弱く倒されまくりでアスリート時代を終える。

サッカーでは天皇杯千葉県予選ベスト8に進出し、ジェフリザーブズと対戦し0-4で負ける。当時対戦したJリーガーは20年以上の時を経て友人に。

中学サッカー部では補欠だったがゼロから始めてここまで来たかと小さな胸を張れるように。
プロボクサーとしての夢を達成後、経営者を次の夢とする。

20代後期フィットネス業界へ。新たな業界へ飛び込み、フィットネス業界に大きなノビシロを感じる。
イノベーションの宝庫だと感じ同業界での起業を決める。

フィットネスクラブではパーソナルトレーニングの他、インストラクターとして個別、集団指導に従事。
現場に楽しさを覚えていたが役職と共に施設管理や部下教育の日々に追われフィットネスしていない自分に気づき疲弊する。

30代前期、好機に恵まれ大手総合商社よりヘルスケアIoT開発協力を受ける。
これまでの社会経験では社内の否定を覆す事に時間を割いてきたが、初めてどうしたら出来るかを考えるパートナーに出会う。

これを期にヘルスケアIoT商品のローンチに至る。

30代後期ヘルスケアIoT開発専門部隊として豊田通商グループに転職。
AIやITテクノロジーが進化し続ける中で人と人のつながりを生み出せるコンサル型健康管理サービスの開発を目指し、からだステーションの主要開発員となる。

開発期間と売上期間は同等であると考え、ローンチ後も開発を継続。
同時期フィットネストレーナー向けキュレーションサイトディレクターを務め、数多くのプロアスリートを取材。
プロアスリートのフィジカルトレーニング知識や社会で活きるチカラのノビシロを感じ、アスリートの一気通貫マネジメントの必要性を感じる。

2017年株式会社BlueOceanを設立。

体験を申し込む5,000円・約60分